コラム

2026.01.15

すみだ水族館が自然水景に込める想い

エントランスを抜け、階段を一歩ずつ上ると、まず目に飛び込んでくるのは、水と緑が織りなす圧倒的な眺望です。それは、都心にいることを忘れさせる深いリラクゼーション体験となり、同時に、ここから始まる水中の生命とのドラマチックな出会いを予感させます。この特別な体験を水族館への旅の始まりとして、本コラムでは、自然水景に込める私たちの想いと、観賞がより深くなるためのポイントについてお伝えします。(著者:すみだ水族館 副館長 柿崎 智広)

すみだ水族館は、「いきものの命」とその生命を育む「水」を都市にいながら体感できる『いのちを育む大きなゆりかご』をコンセプトに、2012年に開業しました。‌
自然界の環境は、様々な条件と生物同士の関係性によって常に均衡が保たれています。‌
自然水景エリアは、その美しい景観と生態系のバランスを水槽内に表現する「ネイチャーアクアリウム」によって構成されています。‌

このネイチャーアクアリウムという表現と技法は、株式会社アクアデザインアマノ(新潟県)の創業者である故 天野尚氏が1980年代に提唱したものです。観賞魚飼育の世界では広く普及しており、既にご存知の方もいらっしゃるかもしれません。すみだ水族館の自然水景エリアの展示水槽は、天野氏ご自身が構想し制作されたものです。国内の水族館において、氏が手がけた唯一のネイチャーアクアリウムとして、現在も株式会社アクアデザインアマノの協力のもと、開業当時と変わらぬ景観が維持されています。‌



天野氏とネイチャーアクアリウム

なぜ、ネイチャーアクアリウムだったのか。それは、水族館が社会にとって「自然の窓」でありたいと強く願うからです。‌
新潟県出身の天野氏は、郷里の変わりゆく自然の姿を残し、伝えていきたいという強い想いから、その情景をフィルムに収める一方、水槽の中に原風景を切り取り表現することで、人々に心安らぐ自然への敬意と関心を持ってほしいと願ったと聞きました。私たちは、この天野氏の想いが込められた数々の自然の情景に深く共感しました。‌
水族館は、お客さまに自然へと誘う感動的な体験と、生態系の役割を知る生命の躍動を感じていただくことが大きな役割の一つ。自然への扉を開くきっかけとなることを願い「自然水景」は誕生したのです。‌

開業時から変わらない景観を見せる「原生林の構図」、「草原と石景」、そして2014年に新たに追加された「スイレンの水辺」の3本は、すべて天野氏が構想・デザインした水景です。それぞれが奥行きのある立体的な構図で、観る者に自然の心地よさを深く感じさせます。‌


天野氏が指揮を執り水景が制作されているようす。


「原生林の構図」。2012年当時の景観。


2026年現在の「原生林の構図」。変わらぬ景観が維持されている。

中心に据えられた天然の流木は、時を経てわずかにほっそりしましたが、これは自然物としての分解の過程です。ここに生き続ける生命(水草)と、時計の針が止まり自然の摂理を表す自然物(流木)との対比が、私たちに自然の時の流れも静かに感じさせます。‌


「草原と石景」


「スイレンの水辺」

景観を眺め、一つひとつの小さな命を観賞する。その際に得られる感覚は人それぞれですが、より深い気づきを得られるポイントもあります。ここではその一部をご紹介します。‌

命の循環と生態系の均衡において、植物は大切な役割を担います。彼らはただ美しい景観を生むだけでなく、生命にとって不可欠な酸素を生み出します。葉の裏に付く「酸素の泡」は、すべての生命を育む「宝玉」です。ぜひ、その神秘的な光景を探してみてください。‌



先にご紹介した「原生林の構図」はアマゾンの水中の風景が表現されています。水中景観が美しく反射する水面は息をのむような美しさで、水面を見上げる体験も感動的です。実は、寝そべってのんびりと水面を眺めるというコンセプトも構想の一つでした。大きく深い水景ならではの特別な体験ができます。‌



「スイレンの水辺」はご覧のとおり、スイレンの水面下の営みを再現しています。私たちの脳裏にあるスイレンは、池や鉢で花を観賞するものですが(東京であれば不忍池などが有名でしょうか)、それは陸上で暮らす私たちの視点にすぎません。水中の生物にとって、スイレンの影こそが安らぎの住まいなのです。‌



自然水景は、私たちに自然への癒しと敬意を育むとともに、生命の織りなす循環をドラマチックに伝えてくれます。‌

このあとに続くすみだ水族館の展示エリアは、「自由導線」かつ「4面どこからでも観賞可能」な水槽を多く設置しています。今回ご紹介したような視点をもって様々な角度から水槽を覗けば、これまで気づかなかった新たな発見があるかもしれません。「自然水景」から始まる水族館での体験が、そして日常が、新しい刺激と発見に満ちた扉となることを心から願っています。

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