コラム

2025.05.15

新しい命に出会うまでに私たちができること

  • 繁殖
  • ペンギン

すみだ水族館で暮らすマゼランペンギンたちの2~4月は繁殖期で大忙し!2月のコラムでは「繁殖準備」をご紹介しましたが、今回はその続きとして「産卵の準備からふ化まで」をお伝えします!ペンギンたちの一羽一羽のケアや、産まれた卵をどのように扱って小さな命の誕生へとつなげていくのか?展示ではお伝えしきれていない飼育スタッフたちの裏側をご紹介します!
(展示飼育チーム 春日善萌希)

■産卵前に重要なのはメスの体重?
多くのいきものと同じようにマゼランペンギンにとって産卵は大変な出来事。良い卵を産んで元気に産卵を乗り越えてもらうためには、事前の体力づくりが欠かせません。そこで私たち飼育スタッフは繁殖を迎えるメスのペンギンごとに目標体重を設定し、産卵時期の約1ヵ月前からゴハンの量を大幅に増やします。‌

その量、実に普段の3倍以上!個体によっては繁殖期になると好きな魚の種類が変わることもあり、いつもはアジを食べているのにイワシじゃないとイヤッ!と言わんばかりに口も開けてくれないなんてことも。‌


通常時と繁殖期の体型の差(チョコの場合)


これまでの飼育経験から、ペンギンたちの体重の増え方には一気に体重を上げてからキープするパターンと、徐々に体重を上げていくパターンの2つがあることに気が付きました。そこで定期的に体重測定を行い個体ごとの変化を丁寧にチェックすることで、その個体に相性の良い体重増加のパターンを見極め、毎日のゴハン量や魚の種類、給餌する回数などを調整しています。‌

■命のはじまりを見逃さない
人間の赤ちゃんがエコーで確認できるのと同じように、ペンギンの卵もエコー検査で見ることができます。毎年の産卵日が近づいてきたタイミングやゴハンを必要としなくなった時、顔つきが変わったりした時にエコー検査をします。この検査による卵の見え方によって、あとどれくらいで産卵するのかも予想することができちゃいます!例えば…こちら。‌


卵のエコー画像 左:産卵まであと4日ほどの卵 右:産卵まであと3日以内の卵


左の画像には卵黄だけが見えています。このような時は産卵まであと4日ほど。右の画像のように卵の殻がくっきり写っていると、3日以内くらいには産卵します。このエコー検査の時間は毎年すごくわくわくすると同時に、画面に小さな新しい命の影をみて「愛おしい…絶対に守り抜く!」と決意を新たにします。‌

卵は産卵した親ペンギンがおなかで温めてふ化させる場合もあれば、下の写真のような孵卵器(ふらんき)の中で人工的にふ化させる場合があります。卵の中のヒナが順調に成長するためには安定した環境が必要不可欠です!‌

そのため産卵が始まる前に、孵卵器の設置場所は安全か?適度な温度と湿度は保てているか?などのテストをします。時期や時間帯によっても変化があるので、安定するまで何度も微調整を繰り返し、実際に卵を温め始めてからも調整は続きます。温度や湿度が不安定だとうまくふ化しない可能性があるため、本当に毎日気が抜けません!‌


孵卵器の内部と卵の様子


■産卵後のケアとして大切な「擬卵」
孵卵器で卵を預かったとき、親の元には何も残らないの?と疑問に思われる方も多いと思います。そんな時に活躍するのが石灰で作った偽物の卵、擬卵(ぎらん)です!‌

擬卵を渡す理由は主に次の3つです。‌

①親ペンギンを混乱させない
卵がなくなると当然親は混乱します。擬卵を渡すことで、落ち着いて卵を温める行動(抱卵:ほうらん)をして、抱卵のリズムやパートナーとの役割交代の習慣なども維持することができます。‌

②再度の産卵を防ぐ
抱卵をしないと親ペンギンは産卵をしていない!?と感じて、もう一度産卵をしてしまうことがあります。繰り返しの産卵はメスのからだに負担が掛かるうえに、毎年の繁殖期にずれが生じることがあります。‌

③卵のリスクを減らす
初めて産卵と抱卵を経験するペンギンの場合、上手に抱卵できずに卵が冷えてしまったり場合によっては誤って卵を割ってしまったりする場合があります。擬卵で練習することによって、卵を失うことなく卵を抱く練習をすることができます。‌


抱卵中のペンギンのようす


左の「ちょうちん」のように初めて卵を抱くペンギンを見ると「野生の本能ってすごい!」「どこで習ったの!」と感動しますが、右の「おもち」のように最初は上手く抱けずに両脇に抱えているペンギンもいて「抱けてないよ~!」とついツッコミを入れてしまいます。でもその後はちゃんと卵を抱けるようになるんですよ!やっぱりいきものの本能はすごい!‌

■神秘的な検卵の時間
孵卵器で預かった卵は定期的にヒナが順調に成長しているかどうかを確かめる検卵(けんらん)を行います。初めての検卵は産卵の1週間後に行い、真っ暗な部屋で卵にライトを当てて調べます。‌

この時に卵の中に血管が見えれば「有精卵」(下画像)、血管が無ければ「無精卵」です。残念ながら無精卵だった場合はその後卵が成長することはありません。検卵する時は、私が飼育のお仕事をしている中でとっても!卵の中で小さな命が芽生えているのを確認できたときの喜びは言葉にできません!‌


発生が進んだ有精卵(産卵後7日)


マゼランペンギンの産卵からふ化までにかかる日数は平均で42日間です。有精卵であることが確認できた卵は、その後5日おきにヒナの状態を確認します。ヒナの成長を確認できた時は嬉しいですが、すべての卵が順調に成長するとは限らないため、命と向き合う責任の重さを痛感します。そのためわずかな変化を見逃さないよう細心の注意を払いながら大切な命を日々見守っています。そのため繁殖期は気が休まる日は一日もない!と言ってもよいくらいです。‌

こうして産卵前から準備をして大切に見守ってきたからこそ、無事にヒナが生まれてきた瞬間は何度立ち会っても、その感動は忘れられない体験です。卵のふ化は大きな節目ではありますが、それはゴールではなく生まれてきた命をしっかりと育て上げるために、まだまだ前進あるのみ!どうか皆さんも当館で暮らすいきものたちを温かく見守っていてください!

公式SNSはこちら

  • YouTube
  • Facebook
  • X
  • Line